ポルトガルの強い光と豊かな植物に囲まれた丘の上で生み出される写真家マーク・ボスウィックの作品。オム プリッセ イッセイ ミヤケとの特別展を機に来日したボスウィックの言葉から、その作品世界の根底に流れる思想をひもとく。

オム プリッセ イッセイ ミヤケとの特別展「Mark Borthwick: Something Out of Nothing Into Everything」のために来日した写真家マーク・ボスウィック。ブランドの今季テーマ「In a New Light」に着想を得た本展では、光や風によって表情を変えるプリーツを、写真や映像、手書きの詩を通して独自の視点で表現した新作を発表した。
自然光が生み出す一瞬の美しさや、偶然がもたらす現象を見つめ続けてきたボスウィックの視点は、オム プリッセ イッセイ ミヤケのものづくりとも深く共鳴する。30年以上にわたり交流を続けるキュレーター・林 央子が、創作の原点からファッション、芸術、そして人生観までを聞いた。

銀座のISSEY MIYAKE GINZA | CUBEで開催された特別展「Mark Borthwick: Something Out of Nothing Into Everything」。展示空間のディレクションもボスウィック本人が手がけた。
林:1990年代からファッション写真の分野であなたの名前を記憶している人は多いと思いますが、あなたは映像、詩、音楽、空間のインスタレーションなど幅広い表現手段を用いるクリエイターです。洋服や流行の変遷によって人工照明のライティングを変えていくのが、従来のファッション写真の王道ですが、あなたは35ミリフィルムを用いた「自然光のなかのスナップ写真」にこだわり続けていますね。そして、写真を通して流行の変化を伝えるのではなく、人生(life)の探求に観客を招いているようです。それはなぜでしょうか?

マーク・ボスウィック│1962年ロンドン生まれのイギリス人写真家。メイクアップアーティストを経て写真家へ転身し、光漏れや高彩度、独特なピントのずれを生かした夢幻的な表現で、ファッション写真の新たな潮流を築いた。『i-D』『The Face』『Purple』などで活躍し、2009年に写真集『Not In Fashion』、2025年に『Out of Date』を刊行。現在はポルトガルを拠点に活動している。
ボスウィック:私たちはいつも光に囲まれているし、私は屋内より屋外にいることを好みます。写真を撮るときも、できるだけシンプルな方法を選びます。長年、自分が好んできたやり方を続けるうちに、この手法にたどり着いたのです。
私は、未知の場所から創作しています。創作は「捧げ物」であり、「贈り物」なんです。私は受け手であるすべての人に何かを届けたいと思っています。 本来、芸術は贈り物でした。あなたがパンを焼き、私があなたのために野菜や花という贈り物を育てる、といった具合です。今、あなたは私と何かを分かち合っている。これこそが芸術、純粋な芸術です。芸術の本質は、心から贈られる「贈り物」であり、「つながり」なのです。それは私たちの存在の「起源(origin)」や「原点(source)」と関係しています。私たちがどこから来て、何者なのか。今朝の瞑想で私は水を思いました。水はエネルギーのように常に流れ続けます。今こそ私たちも水の中に身を投じ、手放せなかった重いものをすべて投げ込むべきです。
人間は、何かを掴もうと必死になるあまり、自分自身を誤解してしまうことがあります。しかし、何も掴み続けることはできません。なぜなら、すべてが動いているからです。もしも私たちが自分の体の機敏さと軽さを信じることができれば、私たちはもっと柔らかくなれるし、お互いに優しくなれる。そして毎日、魔法のようなことが起きるのです。
一枚の布が生み出す「言語」
Shun Komiyama
林:あなたはどんなファッション写真家とも異なるアプローチでファッションと写真に向き合っていると思います。『Not in Fashion』というタイトルの写真集を過去に出版していますが、そもそも従来のファッション写真への拒否、あるいは拒絶があったのでしょうか?
ボスウィック:拒否ではありません。ファッション写真に関して言えば、私を最も惹きつけたのは、一枚の布の起源に対する魅力だと思います。 写真を試み始めた頃、ファッションとは無関係に、ただ一枚の布──時には枕カバー、時にはシーツ──で遊びながら、自分なりの写真を撮っていました。現在も、自宅では私はいつも、サロンのような布を身にまとっています。「本物の服」のようなものは着ません。もちろん着ることは着ますが、腰布で体を覆っているだけのようなスタイルです。

Shun Komiyama
毎日そこから、何か新しいものを生み出すのです。布はほどけ、広がり、体から滑り落ち、横たわり、踊りを踊り、独自の「言語」を生み出します。私はこの言語に、意識を強く向けました。それは、「起源」に向かうことなのです。
今回、オム プリッセ イッセイ ミヤケのオファーを受けて制作した映像にも、この遊びがあふれていると思います。これは一枚の布による言語であり、見るたびに新しい言語を生み出す映像です。たとえば私は、水面のさざ波を見つめています。この美しいイメージは私に、プリーツを思い起こさせました。さざ波は、プリーツに突然命を吹き込んだように動きます。波紋は、服に命を吹き込むのです。だから、体にまとった時、それは踊り、動き、振動と空気感を持って自ら命を宿す。そこに私は、本当のインスピレーションを感じます。

Shun Komiyama

Shun Komiyama

光や風によって表情を変えるプリーツを、写真や映像、手書きの言葉を通してボスウィックならではの視点で表現されている。会場には撮り下ろしの写真をはじめ、それらをまとめた冊子や作品をプリントした布などが展示された。
私が仕事を始めた当初、最大のインスピレーションの一つとなったのは、ウィリアム・フォーサイスとのダンス写真での協働作業でした。最初のプロジェクトの一つが、日本に来て彼と共にツアーを行うことだったのですが、その時衣装はすべてイッセイ ミヤケが担当していたので、私は三宅一生さんと出会い、素晴らしい時間を過ごしました。それが、私の原点でした。ダンスが私の心に自由な感覚、流れゆく動きの感覚、軽快な機敏さを生み出しました。こうした「反復の使い方」、物事を「常に動いている」「すべてが動きの中にある」と捉える視点は、ダンス写真を通じて私の中に芽生えたと言えるでしょう。それは、ある一枚の画像が他の画像よりも重要になる余地を与えず、イメージを解放し、それが常に動き続けている空間を許容するものです。

林:決定的な一枚を作らずに、生き生きと動き続けるものとして写真を見せるというあなたの展示方法は、そのようなイメージの捉え方からきているのですね。私たちが初めて一緒に仕事をしたのは約30年前。当時のあなたはパリからニューヨークへ移ったばかりでした。それ以来、パリやニューヨーク、東京、鎌倉など、さまざまな場所で対話を重ねてきました。
あなたの表現は、一つの大きな世界観のなかに写真や映像、詩、音楽など多様な要素が共存しています。そのため、私がキュレーションした美術館のグループ展に参加していただく機会はありませんでしたが、ファッションについて考える時は、既成概念から離れるという点において、頭のなかのどこかでいつも、あなたと対話しているような気がします。

Shun Komiyama
ボスウィック:私が写真を始めた時代には、科学者のように探究を続ける素晴らしいファッションデザイナーたちがいました。そのことは、ぜひ伝えておきたいと思います。私は、マルタン・マルジェラやスーザン・チャンチオロ、ブレス(BLESS)のイネス・カーグ&デジレー・ハイス、そしてバーナデット・コーポレーションなど、1990年代に既成概念を問い直したクリエイターたちと仕事をしていました。ファッションそのものに問いを投げかける、最も優れた頭脳たちに囲まれていたのです。そして私は、常に「答え」ではなく「問い」からインスピレーションを得ていました。
ファッション広告やエディトリアルには、「こうスタイリングすべきだ」「これがあなたらしい」といったメッセージが込められていますが、私はそういう「答え」には興味がありません。私にとってファッションとは一枚の布であり、それは信じられないほど多用途なものなのです。
「ファッションとは何か」と自問するとき、私は街中を観察します。私は人と接するのが大好きなんです。公園や街角で人々と過ごす時間は、私にとって最も大きなインスピレーションであり、学びの場でもあります。そこには毎日、新しい「言語」があります。一人ひとりが「私は何者なのか」という問いへの答えを、それぞれの装いで表現しているのです。私はその内なる優雅さに触れ、深い敬意を抱きます。そして、私が何かを身にまとうとき、その行為もまた新たな「言語」を生み出し、私の創作の出発点となるのです。私は、その世界に心を浸します。
私にとってファッションは「贈り物」です。人はよく、服を買うことの意味について語ります。それは、自分を幸せにし、自己肯定感を与えてくれるからです。時には「もうこれ以上は必要ないよ」「靴はもう十分だ」と思うこともあるでしょう。でも、それがあなたを幸せにするのなら、それでいいんです。人生は短すぎるのですから。人生で最も大切なのは、幸せであること、そして喜びを持って生きることかもしれません。私にとって、ファッションとはまさにそれなのです。
ファッションは、私が心から楽しめる場所。人々と協力し合える場所。感情を伝え、分かち合える場所なんです。もしかしたら、他の人たちにインスピレーションを与え、彼らも同じような視点でファッションを見つめるきっかけが生まれるかもしれない。もしファッションがインスピレーションの源ではないとしたら、一体何なのでしょうか? 世界でもっとも偉大なファッションデザイナーたちは、日本から来ました。日本の創造的な精神は生来の感覚、「何でも可能なのだ」という創造的なインスピレーションの源へと、私を連れ戻してくれるのです。
「つながり」が創造を育む林:とても刺激的なお話です。あなたは1990年代から、他者と分かち合い、一緒に取り組み、協働することにとても意識的でした。展示スペースには、10代の子が部屋に好きなものを貼るようにポラロイド写真などを並べて制作プロセスを開示し、観客を創作の現場に招き入れます。さらに、即興的な音楽演奏や会場で組み立てられるインスタレーションを通して、創造のプロセスそのものを人々と分かち合っています。あなたがつくりだした創造的な瞬間に「皆さん、どうぞお入りください」と言っているようなものですね。

開場直前まで一枚一枚写真を壁に貼り続け、植物やキャンドルなどのプロップもその場のインスピレーションで配置。展示そのものが、ボスウィックの創作プロセスを体現する空間となっていた。

Shun Komiyama
ボスウィック:素晴らしい観察ですね。興味深いことです。私たちは動いている存在であり、その「動き」の中に「感情」が宿るのです。私が興味を持っているのはその「感情」です。写真家にとってそれは、被写体との「つながり」だけでなく、 鑑賞者との「つながり」でもあるのです。芸術を創造する際の素晴らしい点は、それが心から誰かに贈る身振りであると同時に、「つながり」を生み出す場でもあるということです。こうした「つながり」は、一方で私たち自身を理解させるだけでなく、コミュニティをも生み出します。コミュニティは私たち全員を結びつける、共通の分母なのです。ですから、ファッションというこの小さな空間は、インスピレーションを与えるツールでもあり、私たちが共に創造する場所なのです。

Shun Komiyama
私たちが時間をかけて注意を払い、意識を向けることで、自分自身について学ぶべきことはたくさんあると信じています。身体との関係、自然との関係、美との関係、肌や肉体との関係、そして食べるものとの関係などです。 私たちは食べるものに注意を払っているでしょうか? その食べ物が私たちを養っていることを自覚しているでしょうか? それでは、芸術との関係は? 政治との関係は? 朝、携帯電話を見る時、自分の世界で目覚めるための余地を自分に与えていないことに気がついていますか? 自分の体を十分にケアし、関わっていますか? こうした会話のすべてが、新しい光を通して自分自身を見つめるための、大きな余地を生み出すと思います。そしてそれは「人生こそが私たちに与えられた最も素晴らしい贈り物である」と知ることに帰着します。
朝、目が覚めると、瞑想をして、お茶を淹れ、ヨガをして、散歩に出かけ、それから一日を始めます。同じ行為の繰り返しですが、毎日かならず変化があります。何かを達成しよう、成し遂げようとするときのような、罠や檻に閉じ込められているエネルギーとは違う、循環するエネルギーの存在に気づくのです。
感謝の気持ちを捧げ、光を放ちましょう。小さなことの積み重ねが、大きな変化を生むのです。変化は現実であり、人を鼓舞するものです。そうすることで、私たちは人々にインスピレーションを与え続けることができるのです。
林 央子
キュレーター、編集者。1990年代以降のファッションとアートの関係を研究・実践し、スーザン・チャンチオロやブレス、パリ発のファッションカルチャー誌『パープル』を中心としたオルタナティブなファッションカルチャーを論じた著書『拡張するファッション』を刊行。同テーマを展覧会へと発展させたほか、2002年創刊のオルタナティブ・メディア『here and there』を通して、現代ファッションの動向を継続的に発信している。現在はLondon College of Fashion博士課程に所属し、ファッション・ジャーナリズムを研究している。
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